2022年4月5日火曜日

先ずは呆けない工夫

先日は呆けも許すと書きましたのであべこべを言うようですが、呆けない人は居ませんので、どうしても襲ってくるものは許してしまいましょう。しかしなるべく呆けない工夫はできると思います。


池

なにしろ私はヨレヨレになっても施設に入れるような蓄えはありません。きっと同じ人は少なくない。年金なんて昔の人に比べるとどうしてって言うくらい少ないです。60からだと少ないのですが、あまり長生きはしないだろうという自分なりの考えもあったからですが、いつからもらっても少ないです。私の兄も60からでしたが、63でこの世を去りました。せめて3年間でももらえて良かったです。もし65とかの判断をしていたらまるでなかったです。兄は突然に癌で亡くなりました。しかしこの辺は結果論です。そうお勧めしている訳ではありません。

突然と言うのも変ですが、本当に突然の感じなのです。元々胃はあまり強くなかったのですが、それでも胃腸薬を飲んだりしてずっとやってきまして、ちょっと胃がムカつくと言ったときもいつものことだと思っていました。しかしある日突然ゲロゲロとやり、検査をしたらもうダメと言うことでした。

私は兄と違って胃腸薬を飲んだりはしないのですが、それでもあの様子を見ているとある日突然なにがあるか知れません。特に血管系などの器質系は歳を喰うといつ破裂するかわからない時限爆弾を抱えているようなもので、そこはもう運命に委ねるしかありません。

そこは運命に委ねても、それ以外ではできることはあると思います。器質的な部分ではある日突然来るかもしれない、来ないかも知れない。それは自分ではどうにもなりません。しかしその他の面では、先ず呆けない工夫をすることが一番だと思います。健康でも呆けてしまってはどうにもなりません。

これはまったく個人的な考えですが、好奇心を大事にしている人は呆けないのじゃないでしょうか。或いは進行を遅らせることができるのではないか。人も猫と同じように好奇心の強い生き物だと思います。興味の持てるものを増やす。元からあったものを大事にする。

私は個人的には絵を勧めていますが、これはなんでも良いのであって、例えば周辺探索でも良いし、茶会でも良いし、とにかく楽しめる機会を増やすのです。その意味でブログを運用している人は一応のものを持っていると思います。しかしなかでも絵を描いたり造形を楽しむのは知らず知らずかなり頭を使うと思いますので最適かどうかはともかくとして生活の一部に取り入れる意味はあると思います。

その場合、とにかく柔らかく考えて、あまり理屈っぽくならないことをお勧めしたいです。これも人としての工夫です。何をするにしても柔らかく生きる。難しくならない。結果にこだわらない。なるべくのことは笑い話にする。ここに注意したいと思います。自然体でそうであれば最も良いですね。

絵の話なのにきょうは写真を展示してしまいました。この程度の適当が良いですね。

皆様に良い日々を。

0 件のコメント:

コメントを投稿