2022年5月3日火曜日

連休なので

しかも行動制限がないので、久しぶりに友人と食事をと言うことになりました。昨年の暮れ以来です。仕事で繋がっているのですが、以前はもっと頻繁に合って音楽会などに行ってまして、その音楽会もずっと中止で、面白くない日々を送っていました。たまに周辺を散策して、その後に焼肉でもと言う話です。



でも、合って話すことと言えば、完全に少なくなってしまった仕事の話と、いったいいつまで仕事をするのかと、そんな話ばかりです。二人とも仕事の面では歳の割にまだ行けるので続けるのですが、それだってそろそろ爺さんがやる仕事ではない。

世間の同年齢は普通であれば悠々自適。それが何故そうではなくなったのかはともかく、生涯を眺めれば、彼は一応は会社の取り締まりでしかたら私の何倍もの所得者で、私は今の仕事にありつくまで何度も仕事を止めたので落ち着いた収入は得られませんでした。おまけに親元の借金引きずっての事業があったり、自身は病気をいくつも抱えて、今はとにかく普通に生きていますが過去は本当に低収入と苦労の連続でした。

そんな、かなり違う境遇なのに何故かお互いに今は貧乏な雰囲気で、どうしてなのか私にはわかりません。私はずっと一人身で、彼は世帯をなしたと、その違いでしょうか。私のような人間は完全に共稼ぎでなければ世帯など持てないのでした。

しかし今の感心事は同じ。いつまで仕事をするのか。止めたいけど、止めたら突然苦しくなるじゃないか。だからお互いに毎月少しずつ宝くじを買っているけど、呆れるようなしみったれた話だといつも思ってしまいます。宝くじが希望の種だなんて。

でも、いいじゃないの何であっても。どうにか生きるのが人間で、私は、今は苦しいけどどうにか投資で首を繋いでいます。それがなかったらどれだけ苦しかったか知れません。そう彼に伝えて、彼も投資を始めたのですがどういう訳か熱心に運用しないので(一応は私へ回す仕事の管理もありますのでね)いつの間にか私が運用して一応の益を出しています。そういう間柄です。だから、彼はチャンスがあると会おうと言ってきます。それで食事を奢るのがせめての謝意だと思っているのかも知れません。

甘えて置くことにします。

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