2024年9月16日月曜日

余裕のある人はどんどんお金を使ってよ

前回の記事の続きのようなものだけど、誤解のないように言って置きたいのです。つまり、すべての人が質素に生きるべきと言っているのではないです。使える人はどんどん使ってもらった方が良いです。

これは経済を回すという意味だけど、回せる人はどんどんお金を回した方が良いのです。GDPはその総和です。ここを小さくしては我々は増々苦しくなります。

前回のような記事を書くとつい人は皆質素で倹しく生きるのが尊いと思いがちですが、世の中は全ての存在に役割があるので、別のタイプが居なければそれはそれで困るのです。私など、生まれも育ちも余裕があるとはとても言えない環境で育ってきたのでそれが身に着いてしまっているだけのことで、別の人には別の世界があります。だから、事業で大成功を収める人も居なければ、世の中は結局は倹しく生きる人をさえ困らせるような方向へ向わざるを得ないのです。

だから、こんな生き方は嫌だと発奮してそれなりの努力をして大金持ちを夢見るのだって悪くはないです。大成功して、天狗になって尊大になって身を亡ぼす人があるかも知れないけど、それはそれで本人の勝手。しかしその人が使った金は結局社会に回ります。

暮らしを良くするなんて、実は簡単なことで、10パーセントGDPを上げればかなり違うでしょう。いや、物凄く違うと思う。人々がその時とタイミングで、きょうは自分へのご褒美とか、そんなこんなで皆が一割多く使えばその分が回ります。総和を上げないことには全てが辛くなります。だから、使える人が使わないとこれはこれで大変です。いきなり10パーは無理としても、一人一人が僅かでも回せば違ってくる。でもこれができない。誰もが用心深いのです。その手に乗るか、自分だけ使わされて他は使わない--なんて思いがちです。人情ですね。

なので、倹しく生きねばやっていけない定めの私でも、僅かな楽しみを求めて居酒屋へ出向き、時には居合わせた人とも楽しくやります。楽しくなったついでにいつもより多く使ってしまったりがあるけど、それも結局は社会に回っているのです。回さなければなにもありません。ただし、それが回って自分に届くまでは、それなりの時間がかかるのです。そこを世間は我慢できないのですね。しかし、我慢するもしないも結局時は過ぎて行きます。使えない人が無理に使う必要はないですし。

いいじゃありませんか、貧乏ブログを書いて実は大金持ちであっても。どんどん見えないところで使ってやってよ。私は貧乏ブログは書かない貧乏ですが。

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