悔いない人生なんて言いますがね、そんなスイスイ行った人の話なんか信じられませんよ。どこを振り返っても、ああ、あの時こうしてやれば良かったなとか、なぜもうちょっと丁寧な、或いは親切な心やすいことができなかったかとか、そんなことばかりです。
自分のことはしょうがない。どこをどう転んでも今が結果だからそれをどう思おうがしれてる。でも、今ならなんでもないことが若い頃はできなかった。若いというのは特有の気難しさもあるし、 余計なことを言って他人を傷付けたことがあるし、ちょっと気を回してやればあの人はもしかして助かったかもしれないとか、そんなことは割と思う方です。それで悔いないなんて絶対に言えません。
あの辺で言ってる悔いというのは、あそこでしくじらなかったら自分はもうちょっとましだったのにとかその辺のことでしょう。それこそ悔いてもしょうがない。できることは次に活かすくらいかな。だからその面では悔いはないです。大体日常過去を悔いてばかりは生きていないです。今物凄く苦しいとか、それが過去のどうしようもない振る舞いの結果とか、そうでもなければ人は一々過去を悔いないで生きているものです。私も自分事では悔いはない。でも他のことでは色々あります。
でもたまに一家言ある人と遭遇してすぐお説教みたいなことを言う人があります。人生に悔いを残すなとかあの辺ですがね。それを言われたら反論しようもない冴えない人生と言えばそうだから、またこんな奴が出てきたと思いながら黙っているけど、悔いというより、こんな奴にならなくて良かったとは思いますよね。
それにしても人は何故いちいち悔いない人生とか言いたがるのかな。歌の文句ならそれでいいけど、現実にはそんな立派が何人いるんだ。無理にそう思いたいのかね。
いいじゃん別に…。みーんなしれてるんだから
もしやり直せるなら、ということを考えると、それはないでもなかったけど、覚めて考えれば、もしやり直してもそんなに都合の良い結果は出なかったろうなとも思えるのです。
しかしこの歳になると、もうそれすらなくなりましたね。諦めの心境なのかな。今更ね。
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