2026年6月6日土曜日

小さく生きるだっていいじゃないですか

私は生活の一部として絵を描いているけど、多分これは以前に語ったと思うのですが、私は絵を描く人種(敢えて人種といいますが)があまり好きではありません。このブログも、そういう人からの粘着を避ける意味でそもそもは作ったものです。

しかしながら、登録したブログ村さんがこちらの意志に反して勝手にそちらのカテゴリーにも登録を振り分けたことで、結局このブログは絵とは関係のないブログになりました。粘着さんの眼が届かない場所にだけ登録していたのですがガッカリです。絵は私には日常事ですので、でなければそちらのことも時折には書くつもりでした。 

これに関してふと思うのです。絵を描く人に限らないでしょうが、人間が色々と持ち合わせているものであまり見たくないものがあります。その一つが、自分を周りや世間に大きく認知させたい欲求がでしょう。承認欲求という嫌らしい呼び名が付けられているけど、ピッタリです。

絵を描く人は、それを世間に見せているのだからそれがやや強いのはやむを得ないし、別に絵描きに限らず世間のどこにでもあるでしょう。でも描く人は過剰にそれを持っているように私には思えます。せっかく描いているのだから少しでも認知されたい。それは当然です。そこまでは結構。しかし己がいかに優れた芸術論を持っていて、先生と呼ばれていて師と仰がれたい、お金もあって目立つネックレスや時計をはめている、ときには学歴も言いたがる。これに興味も関心も示さない、或いは冷ややかに観る人に俄然絡み始める。こうなると嫌らしいのです。街のチンピラのいきがりやさんも似たようなものなのです。

誰でも概ね他人と比べたがるものですが、これが強いとやや問題なのですね。前にも言ったかな、言葉一つ発すると一々マウントしたがる。自分が上と言いたがる。これはどこからくるのか。

どこかで読んだのです。自分など小さくても結構、無名で結構、ブログをやってもアクセスなくても結構、イイネなんかすくなくて結構、先生と呼ばれなくても結構、それでなにも困らない、そこに通ずるようなことが書かれてある、本かブログかはもう忘れたけど…。

早く言えば、自分の立派さ、有名度、モラルの高さ、心優しさ等などをわざわざ言わない訓練をする。この辺でしょうかね。寄付をしてもそれをブログで高らかに言わないように気をつけるのだっていいですね。

最近ちょっと動画を見つけまして、私はむしろこっちに惹かれるものを感じます。

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