2025年12月14日日曜日

夜チーズを食べると悪夢をみるだって?

そんな記事を見かけました。ほんとかな。悪夢って怖い夢ということですかね。それなら私はかなり免疫がありまして、実は子供の頃から夢はかなり怖くて今は何が出てきても平気です。だから怖い夢は嫌ではないです。元々その類の体験もあるし私はきっとそっち系なんでしょう。よりも嫌なのは物をなくす夢です。それで慌てて探し回る夢を見ることがあります。怖いより焦るのは嫌なのですよ。ああそれも悪夢の類ですか。 


でもそいういう説があるなら、もしかしたらもあるかもしれません。私は床に就く二時間ほど前から作業をしながら蕃爽麗茶ハイを飲むのですがこの時チーズをひと包み食べます。四つ入りで銀紙で包装されたあれです。量は大したことないと思うけど意外にもということもあります。世の中なんでもあります。

2025年12月12日金曜日

ちょっと目の話ですが

四月に手術して半年とちょっと経ちました。日常ではあまり不自由はありません。つまり見ている世間は、ちょっとピントが変ですがなんとかなります。少々度が合わないくらいでは普通になんとかなっています。しかし階段がちょっと怖かった時期があります。


平面はちょっとしんどい。ピントの合う位置が違うので像が二つに見えて浮かんでいます。歪みは一定ですからモニターの文字とかになると比例として見え方が嫌らしくなります。人間の脳というのは不思議なもので、それでもなんとか仕事をしています。絵も描いている。

2025年12月10日水曜日

誰にも期待されてない?それならそれで結構じゃん

世の中居直りですよ。居直り。期待されてなんぼのもんですか。給料泥棒と言われてしがみついてやったらええのです。 他人からの期待が欲しい?切れ者だと言われたい?外から立派に見えていたい?

真っ平ですよそんなの。若い頃はあったけどね。なんだったんだろうなと思います。言ってみればこれは熱病ですね。昔はそれなりに大きな企業に在籍して、日々取り組みと成果発表ばかり。給料に直結するランキング試験なんかもあって、お前期待しているぞとか言われて真に受けてやる気になっていたこともあったっけ。会社の半分は女性だから、適当なのと適当なのがくっついて、アイナメとカワハギが結婚したとか言われていてズルズルと歳食って、早く言えばそういう人生だったでしょう。普通なんですよそれが。

2025年12月7日日曜日

夜道で老婆に声をかける

川向こうの居酒屋で一杯二杯やっての帰り、陸橋をよちよちとカートを押して歩く老婆を前に認めたのです。陸橋の坂は老婆が普通に歩くにもやや難があるかもしれない。そう思って後ろから追いついた時に声をかけたのです。

「大丈夫?お母さん」

一応婆さんとは言わないわけね。

「ああ、大丈夫大丈夫」

よく見るとカートはスーパーのものでかごは空だった。 陸橋に上る階段の真ん中は自転車道になっていてそこを押して上がってきたのだろう。

「声かけてくれてありがと。大丈夫よ」と割と気の良い婆さんです。買い物してカートに入れて帰ってくるので今度はカートを返しにいくのだそうです。

陸橋はかなり大きい。鉄道の線路と川を跨いでいるから実はそれなりの距離がある。だからそうマメなことをしないでもと言うのだが、これも運動だからねと笑って答える。

ああそうですかと途中まで一緒に歩いて歳は幾つだとかの話になって、私よりもかなりの年齢。実のところ私がそんな年齢まで生きることができるかどうかはまったく自信ない。平地で問題のないところまできて、私はそこの店に寄るからと別れて店に入ってそのことを言ったら「ああそれは〇〇ちゃんよ」と女将が言うではないか。もうちょっと若い頃はこの店でも飲んでいたという。ちょっと前に亭主が亡くなって今は一人暮らしだとか。周辺では知られた人のようだった。

でもなあ、買い物からカートで帰ってきてそれをまた返しに行く。二往復するのか。陸橋を降りてからでさえスーパーの入り口は広い駐車場の向こうだ。私でさえ面倒くさいし、雨が降ったらどうしているのか。

婆さんの一人暮らし。爺さんでも同じことだけど、私も自転車に乗るのが危なくなったらカートで買い物かも知れない。


2025年12月1日月曜日

賞味期限を過ぎたらどうする

一日二日はどうということはない。二日三日でも大丈夫だ。これはまったくみみっちい私事だが、あえて記すと言いたい。ずっと前からその傾向があるけど、私は冷蔵庫の中身をあまり熱心に確認しない。つい神経が他に行ってしまうのです。より大事なことって沢山あるので精々冷蔵庫の中なんてそれほど真剣にはなれない。これも一人暮らしの弊害とも言えると思うのですが、やっぱりときおりは悔しいことがある。

こういうとオカルトめくのだけど、冷蔵庫と女性のスカートのなかは宇宙だと言った人があって、例えて言うには適当かどうかは知らないけどなるほど内部を熱心にみることはない。その奥の方となるとほぼほぼ忘れ居たりするものです。