2026年7月2日木曜日

バブル時代のあの周辺を思い出す



先日の記事にイラストや絵に関することを少し記しました。私は今では御覧の通りが好みになっています。筆を動かしていると楽しいので、それなりに脳の活性化にはなっているのじゃないかな。これは墨絵に近い感じですが普通に普通の絵具も使って描いています。今でこそボケ防止みたいなものですが若い頃はやっぱりそっちでやっていければと思っていました。最初は漫画でしたが徐々に変わりました。

絵で名を成したいと思うのは描いている人の大半で、あのバブルのころは絵がローンの担保になったりしてちょっと異様な時代でした。描いている人たちも皆ギラギラしていました。自分もそんな類の仲間で、振り返ると少々情けないですが…。

バブル成金みたいな人も溢れていて、テレビなどで紹介されたりすると展示会は満員。口の悪い人は--着飾った下品なババア--と呼んでいましたが、確かに目立つ宝石を身に着けた年配の女性が多かったのも事実だったかなと私も思います。そういう人たちが何十万、ときには百万以上もする複製アートに群がっていました。キャッチセールスも歩けばぶつかる感じで、ラッセンが有名だったのもあの時代でした。一度引っ張られるとサインするまで帰してもらえないとかの事件も溢れていました。

そんな時代にあるデパートでの展示(実態は即売会)を観に出かけたのですが、会場は満員。複製でもそんな値段なのでせめてポスターとか画集を買って帰ろうとしたのですが、そんなのしか買わない貧相な人間などまるで鼻で笑うように馬鹿にしているのです。あれこれの経緯は述べませんが、そこに立っている男の雰囲気、怒鳴るようなドスの効いた大きな声。明らかにその筋としか思えない。多分こういう商売ばかり渡り歩いてのでしょう。その下品さに、デパートに苦情のひとつ言ってやろうと思ったものです。アートなどと言うと何となく趣味の良さみたいなイメージを抱くかもしれませんが、描く方もギラギラ、売る方もギラギラ。売る方はギラギラだけじゃなくそっちのプロですからね。現実はそんなものなのです。彼らは人間の下心や見栄を利用するのです。

私は親元の事情と心配があって絵を描いている余裕すらなくなって中断しましたが、周辺で描いている人も自分の絵を世に知らしめたいとの意欲が強く、無謀とも言えるアートフェスティバルみたいなのに参加したり雑誌掲載を何度かやっていました。自分で絵の位置を知れれば、その度にお金を捨てているようなものでした。私の中断は、そんな意味ではむしろ良かったかもしれません。もっとも、絵画教室でもやっていれば多少の宣伝にはなったかもしれません。色々と思い出すものがあります。

現在は触発されるものはなんでも描いているのですが、特に墨一色で描かれたのもに魅力を感じるようになりました。好みで言えば等伯とか雪舟とかになりますか。一般にこれらの絵は筆をかなり練習しなければならないので、実はこの練習が私にはかなりボケ防止になっているような気がするのです。形を描くのではなく、筆跡がそれを印象付ける。この練習をしているとき、私はとても楽しいです。

そろそろ棺桶が見える時期ですので、やるべきことは他にあるだろうという強迫観念みたいなのが同時に存在していて奇妙な感じではありますが…。

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